米津玄師のカナリヤのMVが泣ける!ストーリーの意味を考察!

米津玄師 カナリヤ MV 意味 考察

米津玄師さんのアルバム『STRAY SHEEP』の収録曲「カナリヤ」のMV(ミュージックビデオ)がめちゃくちゃ泣けます。

是枝裕和監督のもと出来上がったMVと米津玄師さんの世界観は素晴らしすぎて何回聞いても見ても涙が止まりません。

米津玄師さんと是枝裕和監督の「カナリヤ」のMVのストーリーにはどんな意味が込められているのか?どんなストーリーを描いたものなのか?

米津玄師さんのインタビューも交えつつ「カナリヤ」のMVのストーリーの意味を考察していきます!

米津玄師の「カナリヤ」作曲に対してのインタビューでのコメント!

まずは、大前提として、米津玄師さん自身のカナリヤに対する想いを確認していきます。

米津玄師さんは、youtubeで公開中の「米津玄師 STRAY SHEEP Radio」の中でカナリヤの作曲に対しての思いを語っています。

35:20~41:10の間がカナリヤについて米津玄師さんが語っている部分です!

ここから一部抜粋して引用します。

この曲を作っているときは、新型コロナウイルスによって世界的に混乱が蔓延している中で、いろんなミュージシャンがそれぞれいろんなことを発信していて、それを見ながら自分は何をするべきかを考えていたんです。

それで自分のやるべきことは新しい音楽を作ることだと思った。自分は音楽を作ることが生業で、それが生活の一部になっている。今の苦しみに喘いでいる人たちに対してできることは、その人たちに「この世に生きていても大丈夫だよ」というメッセージを込めた音楽を作ることだと。

ものすごく些細な形かもしれない、もしかしてなんの意味もなさない戯言にしかならないのかもしれないけれど、それでも音楽を作るべきだと思った。それで作り始めたのが「カナリヤ」です。でも、どういう形にするかはすごく悩みました。

そして、カナリヤができる前に新型コロナウイルスに関する曲を作っていたとのことですが、暗すぎる曲のためボツにして、その結果、発表された「カナリヤ」の形が出来ていったとのことです。

この世で生きていく人たちを肯定する曲を作ろうと。かといってただ肯定するわけではなくて。自分の中にはいろんな怒りや失望が渦巻いているわけで、それも踏まえて肯定しなければならない。「カナリヤ」はそう考えながら作っていったので、すごくエネルギーが要りました。

一般的なカナリヤの意味は?

なぜ「カナリヤ」なのかについては、直接的には言及されていないと思います。

そこで、一般的なカナリヤの意味も確認してみます。

カナリヤの一般的な意味と比喩
・カナリヤは、世界中でペットとして飼われている黄色い小鳥、美しい声で鳴く

・炭鉱などの毒ガス検知に用いられた小鳥(炭鉱のカナリヤ)

・派生して、世界経済の悪化や金融危機の前兆を示す事象を「炭鉱のカナリア」とも言う。

・ひ弱な鳥といったイメージあり、外の世界で生きられない事の比喩表現である籠の鳥とはカナリヤのことではないかと言われている。

カナリヤの主題となっているのは、「今の苦しみに喘いでいる人たちに対して、この世に生きていても大丈夫だよ」というメッセージ。

また歌詞の中には「誰もあなたのことを見つけないとしてもあなただから良いよ」とあります。

カナリヤに象徴されるような、ひ弱で、たとえ籠の中の鳥のように苦境に悩まされていて、もしもどんなに変わることがあってもいいんだよ。あなただから良いんだよ。

という想いがカナリヤに例えられているのではないかと感じます。

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米津玄師と是枝裕和監督のMV「カナリヤ」のストーリーの意味を考察!

米津玄師さんと是枝裕和監督の「カナリヤ」のMVのストーリーの意味を考察していきます。

このMVのストーリーは、生涯を寄り添った夫婦の物語だと考察されます。

その観点からストーリーを追ってみます。

冒頭のシーンは夫婦の死別

冒頭のシーン、ご主人(田中泯さん)が亡くなった奥様(倉野章子さん)のもとに駆けつける悲しいシーンから始まります。

ビニール越しに妻を見ていて、マスクをつけているということからコロナを連想させるシーンと言えるでしょう。

具体的に、コロナで亡くなったとまでは言えないと思いますが、コロナで実際に大切な方を亡くされてしまった方へのメッセージとも受け取れるような演出になっていると思います。

実際に「カナリヤ」が作曲された背景は、コロナ禍の世の中に対して米津玄師さんができることに悩んだ末に生まれている曲です。

高校生時代の出会いのシーン

次のシーンは、夫婦の出会いのシーンへと進みます。

「カナリヤ」の歌詞の「振り向きざまに笑う顔をなぜか思い出した」というフレーズから、川沿いで田中泯さんがうつむきながら視線を落とし、高校生時代の出会った頃への回想シーンになっていきます。

コンビニでの出会いのシーンでは、「指先が震えていることを覚えていたいと思う」という歌詞にのせて指が触れ合う出会いが描かれます。

蒔田彩珠(まきたあじゅ)さん本村海(きむらかいり)さんが出会いから付き合い出した頃を演じています。

そして、最初のサビの部分に入り、一緒にバスケットボールをしている楽しげな2人の様子とともに「あなたとなら良いよ」「歩いていこう最後まで」との歌詞が歌われます。

このシーンからは、出会ったその時に最後の時まで一緒にいたいという、初々しくも強い想いが込められていると考えることもできるのではないでしょうか。

ぶつかりながら愛をはぐくみあう人生という時間

小学生の子供達が走っているところを二羽のカナリヤが飛ぶシーンがあり、淵上泰史さんと朝見心さんのシーンが始まります。

小学生とカナリヤのカットは、推測ではありますが2人の子供をイメージしているのかなとも考えれるかと思っています。

このカットの後、大人になって、愛し合っているシーンがあり、ときには、ケンカをしあいながらも、愛を深めあってともに人生を歩んでいます。

歌詞の中では、「あなたも、わたしも、ときには変わってしまうでしょう。ときには諍い傷つけ合うでしょう。見失うたびに恋をして確かめ合いたい」とあります。

そしてインタビューでは、次のように答えています。

この曲については、変わっていくことを肯定したいという思いがすごく大きかったです。

自分は音楽を作るにあたって、“変わっていかなければならない”ということを半ば強迫観念みたいに思っている節があるんですけど、それがやっぱり自分の本質的なところなんじゃないかなって。

新型コロナウイルスによって以前とは大きく変わった日常が目の前に横たわっていて、最終的にはそれを肯定しなきゃいけない。

7年も経てば人間の細胞が全部入れ替わって生物学的には別人になってしまうなんてことも俗に言われますけれど、そういう意味で人間もいついかなるときも同じであり続けることなんて不可能だと思っていて。

だから例えば誰かを愛するときに、「あなたはこういう人間だから、私は一緒にいたい」だと、それはいっときの状態でしかないから、いつかは変わってしまう。

そこに固執していると、その人をその枠の中に閉じ込めて、結局は健全な関係として続いていかない。だから少なくとも個人的には、変わっていくことを肯定したいと思ったんですよね。

カナリヤのMVのこのシーンでは、変わっていく中で時にはぶつかりあいながら愛を深めていくという様子がストレートに描かれていると考えられます。

そして、亡くなってしまった奥様に叫ぶシーンもあり、変わっていく中でも、そのときそのときの「あなただからいいよ」と変わらず深い愛情を注いでいることが伝わり感動します。

ボートのシーンは出会いから人生の最後までの肯定と愛情を象徴

そして、最初は2羽だったカナリヤが、複数羽飛んでいて、その下では、ボートを漕いでいる2人。

この複数羽のカナリヤは、2人の夫婦からの繁栄を暗に意味しているのかとも思うのですが。

ボートの上の2人は、年老いた夫婦ではなくて、田中泯さんと高校生の蒔田彩珠さん。

湖に浮かぶたんぽぽの花びらをひろって笑い合う2人。

個人的には一番好きなシーンですが、出会いから生涯寄り添った2人の絆と愛情が演出されているのかと思っています。

もしも、出会いからの人生の最期までの愛情を描いているとしたら、田中泯さんの笑顔に愛情が溢れすぎてて、ずーーーっと妻のことが大好きだったんだなという思いが伝わり涙が止まらないですね。

そして、ラストシーン田中泯さんと倉野章子さんが並んで歩いていて、倉野章子さんの手にはたんぽぽの花が。

「どんなに変わってもいいよ。あなただからいいよ。歩いていこう最後まで。」と深い愛情を感じて、それは出会ったときから人生の最後の時までずっと変わらない愛情でとても温かい気持ちになります。

どんなに辛いときがあっても、どんなに大変なことが起こっても、誰に理解されなくても、あなただからいいよと。

ラストシーンでは、田中泯さん、蒔田彩珠さん、本村海さん、淵上泰史さん、朝見心さん、そして米津玄師さんが空を見上げて何かを目で追います。

きっとカナリヤを目で追っているということだと思うのですが、カナリヤが「肯定」を意味するのであれば、「どんな時でも一緒に飛んでいるよ、自由に空を飛べるよ、ずっと認めているよ。」という、コロナで窮屈で我慢の連続の中での、自由と希望がこめられた思いなのかなと考察されます。

米津玄師と是枝裕和監督の「カナリヤ」のMVのコメントに感動の嵐!

米津玄師さんの、変わってもどんなことがあっても、あなただから肯定するよという優しいメッセージは非常に心を打ちます。

米津玄師さんの公式youtubeに寄せられたコメントも、とても温かい声が多くコメント欄を読んでていても泣けます。

いくつか抜粋します。

特別な何かがなければ気付けない。
当たり前を、当たり前じゃないと認識した時、あなたを大切に思い、愛に溢れる。
愛を伝えたい。伝えなきゃいけない。
届かなくなる前に。

じいちゃんが5月の末に亡くなったんだけど、コロナの関係で病院行けなくて、最後見れなかったのね。「最後一緒にいてあげられなくてごめんね。孝行できなくてごめんね」ってずっと後悔したままだったの。
これ聴いたら、私の事とは関係ない歌なんだろうけど、時期とかがリンクしてて。許された気がして涙出て止まんなくなっちゃった。
素晴らしい歌、MVをありがとうございます

いいよと言われて胸が締め付けられて涙が出てくる、気づかないうちに疲れたり傷ついている人達を癒してくれる曲だと思います。

人と人との繋がりの深さや、相手を想う気持ちの大切さなど、改めて、考えさせられました。米津さんは、本当に美しい人ですね。

何か切ないようなでも優しく勇気づけてくれる様なコロナ禍の今何かが心に染みてくる

コロナ大変だったね、でも乗り越えれたね。って何年後かには言えて、好きな人の笑顔をマスク越しにみることがなくなりますように。

なんか胸がギューッと締め付けられて涙が止まらない。てか、PVを見て聴いて泣いたのなんて初めてだ。

まとめ

米津玄師さんと是枝裕和監督「カナリヤ」のMVについて個人的な考察をしてみました。

深く考えれば考えるほど、行きついた感情は、米津玄師さんの優しさでした。

コロナ禍の中で、本当に辛い思いをしている方はもちろん、家族や仕事にさほど影響がない中でも知らず知らずのうちに心が疲弊している人にとっても、心をすっと包み込んでくれる米津玄師さんの優しさを感じます。

素晴らしい名曲ですし、それをわずか5分間に「人生というストーリー」を通して映画を見た後のような深い感動を演出する是枝裕和監督の凄さを感じます。

「カナリヤ」は、何度も何度も見たくなる名作のMVです!

そして、アルバム『STRAY SHEEP』の収益の一部を、カナリヤ基金を通してコロナ禍で困窮する人々へ寄付することが発表されました。

米津玄師さんの優しさは、寄付という形にもなって示されていて感動さえ覚えますね。

購入されていない方はアルバムも手にとってみてはいかがでしょうか。

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